2015
Project details
谷崎潤一郎の著書「陰翳礼讃」にこんな言葉があります。 “ 東洋人は何でもない所に陰翳を生じせしめて、美を創造するのである。” はじめてこの場所を訪れた時に感じたこと。 軒の深い古民家特有の薄暗さとその先にある闇の美しさ、闇があることで光を感じる。 玄関から真っ直ぐに延びる通り庭の記憶、その奥に見える借景、西面に開いた窓から見える山の稜線。 本当に美しい影と闇がある場所だと。 兵庫県篠山市という自然豊かな里山の残る集落の一画に建ち、西面に田園風景が広がる築50年以上経つ木造2階建ての伝統的な農家住宅を改修した家で、都会から移住した親子3人での暮らしがスタートしました。 長年、「心地よい暮らし」をテーマにした大手アパレルのセレクトショップで働いてきたクライアント夫婦の要望は「シンプルに、でも暖かみがあって、僕たちをこんな家に住まわせたいと思うようなプラン」でした。 以前から所有する家具や器、古道具やオブジェなど、様々な国のテイストがうまくミックスされた生活スタイルが印象的だったので、水平/垂直を意識したモダンな空間に、二人の自由な感性でスタイリングを楽しめるように、余白をつくりながら部屋ごとに異なる素材や雰囲気を与えています。 元々そこにある意匠や空気感を残しつつ、既存の引き戸の格子の佇まいを元に新たに製作した大きなガラスの建具(通り庭とダイニングを仕切る)が、建物そのものの記憶を引き継ぎ、新旧の時間軸を潔く分けながらも混ざり合う新たな風景を創り出しました。 床材や建具に無垢の木や鉄を用い、真鍮を使ったオリジナル照明などで構成する事で、それらが持つ時と共に深い味わいへと移ろう質感を暮らしの中で感じられるようにしました。 空間の全てを改修するわけではなく既存の延べ床面積の約半分の77㎡を、主に住居部分として甦るよう計画し、光や風の取り入れ方も当時の雰囲気がなるべく崩さないよう意識しています。 外構は趣きがあるとは言いがたい既存のコンクリートブロック塀を解体し必要最低限以外は撤去し、周辺環境との調和をはかりながら造園を計画しました。 生活導線は1Fの軸となる通り土間を基準に、交差するようなレイアウトをし、土間と和室上階のもともと屋根裏だった場所を半分吹抜けにすることで開放感をもたらしています。 壁や天井には、この地域から採掘した土を混ぜた「灰中(はいなか)」という砂漆喰を使用した特有の左官仕上を施し、調湿作用は勿論、空間全体に温かみのある柔らかい印象を持たしています。また、新しい住居部分の断熱は、極寒地域向けで且つ環境に優しい素材を使用しています。 床はリビングとダイニングであえて段差を計画し、それぞれ異なる表情を持つフローリングを張り、空間にリズムをつけています。 シンプルな空間構成と小さなディテールの積み重ね、それらのさまざまな要素が暮らしやモノと組み合わされたときの豊かさや、オブジェやアートを飾る楽しさ、手を入れる喜びが自然と生まれる場所。 おだやかに流れる時間とやわらかな陰翳に包まれた、丁寧な暮らしの背景となるような空間を目指しました。
篠山の家